充実した休日を求めてチャレンジし続けるへなちょこおやじのブログです。


by henacyokooyaji

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12月9日(土)

a0153486_1792680.gif気がつくと、朝6時、寝た時と同じ姿勢でいたよ。おかげで体がガンダムのようにカチカチに固まり、札幌オリンピックの時の日の丸飛行隊、金メダルの笠谷選手のジャンプ姿勢。頭は岡本太郎の爆発だぁ~! になっちゃいました。(若い子はわかるかな?)これから毎日かと思うと、こっちの方がつらいね。

以外と眼の方は痛みもなく、今のところ、心配してたほどでもなかったかな。と落ち着いたところで、そろそろ同室の爺さん達とコミュニケーション取っておかなきゃ? 

てなことで、人間観察を始める。お見受けするにお三方共に、あまり元気がなさそうだ。(当たり前か?)寝てるのか、ただ目を瞑っているのか、判断しかねるが、試しに向かいのO崎さんを突っついてみた。

ムクムクと起きあがると、私を見るなり、「診察か?」ときた。患者着を着た医者がいるかよと思いつつも、「私は網膜剥離ですが、O崎さんは何やったんですか?」と刑務所にでも入ったような聞き方をしちゃった。

ここでは共通の話題は病気だ。ここから話を弾ませねば。聞けば、同じく網膜剥離だが、11月23日から入院しているとのこと。二週間を過ぎたとこだ。いまひとつ経過が思わしくないらしい。

おっ! 80歳のW辺さんが起きてきたぞ。この人は術後の経過が悪く、化膿してるらしく、他の病院から転送されてきたらしい。飯時以外はほとんど起きることがないので、人に危害を加えることはなさそうだ。もう一人の72歳のK藤さんは、来週月曜日退院だそうで、いたっておとなしい爺さまです。

今ひとつ会話が盛り上がらなかったけど、まぁええか! 初めから馴れ馴れしくしてもね。今日はこの辺で許してやる。ガハハ・・・

ここで一つ余談だが、最近の病院食はスゲーんだよ! ちゃんと暖かいんだよ。見ると、昔はでっかいワゴンでガラガラと運び、その間に冷めてしまっていたものが、今はそのワゴンが、ロバのパン屋(かえって解りにくいか?)のような形の冷温装置の付いたワゴンで運ばれて来るため、適温で食えるのだ。しかも俺様のような、高尚な関西人に対し、納豆を特別料理?に交換もしてくれる結構なサービスも付いている。気に入っちゃった。これで一食260円は安いぞ。暮しやすいぞ!

夕刻、会社のT君が、新妻といっしょにお見舞いに来た。いいよなぁー若いかみさんは! うちのとトレードしてくれぇい! お見舞いは、前からお願いしてあったノートパソコンとレンタルDVD。ちょーうれしい。サンキュー!
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by henacyokooyaji | 2010-01-30 17:09 | 愉快な入院日記
ついにその日が!

12月8日(金)

朝、なにやらまわりがガタゴトうるさいので目が覚める。時計を見ると6時。同室の爺様たちのお目覚めだ。これから毎日このパターンなんだろうな。一日の最初のイベントの朝飯は7時50分なのでまだまだ時間がある。何して時間をつぶそうかなと思っていると、廊下から「朝刊で~す。」と声がする。のぞきに出て見ると、ワゴンにいっぱい新聞を積んでゴロゴロ押しながら叫んでいる。ふ~ん新聞も買えるんだと感心しつつ、俺様も早速購入。いつもの癖で日経にしようかなと思ったけど、仕事モードじゃないんだ。と我に返り100円で買える産経をいただく。便利なシステムになってるんだねと感心しつつ、たいしたニュースはなかったけど、読破!

そうこうしているうちに、朝飯タイム。ご飯にみそ汁に卵焼きに納豆。朝飯の定番だが、俺様高尚な関西人のため納豆が食えない。別のメニューに変えてもらっちゃお。悪いけど残しちゃった。

朝飯も終わり、クロスワードパズルに熱中していると、愛妻がやってきた。昨日はゆっくり寝られたらしい。いつもは子供達の飯の支度や犬の散歩であわただしいのだけど、久しぶりに一人自分の空間でゆっくり出来たんだって。

今日は手術の日。午後二時半からの予定。聞くところによると、全身麻酔ではなく、左眼だけの局部麻酔だそうです。
昼飯のけんちんうどんを食った後、しばらくして、看護婦W田T子に呼ばれ、看護室へ案内された。
手術の前に予め、まつげを切るとのこと。「この年になって、また不良になるのか?」と一人、複雑な気持ちで、看護婦W田T子の前に横たわり、覚悟を決めたのも束の間、何とハサミがまぶたの前に来てびっくり!
バカな俺は、眉毛とまつげを勘違いしていたのでした。かくして緊張も解け、リラックスして「チャーミングに切ってね」とお願いしたら、「笑かすと、眼突くぞ!」だって! う~ん心してかからねば、痛い眼にあわされそうだ。

その後、部屋でまどろんでいると、また看護婦W田T子が手術着を持ってやってきて、着替えろとのこと。しかもT字帯というふんどしを付けろと言うではないか。何で眼の手術にふんどし締めてかからねばならないのか? 気合いを入れるためなのか? さすが日本! 愛国心で精神を高揚させる作戦かと思いきや、単に手術が長くなった場合、トイレに行けないので、そのまま尿瓶などにさせるのだそうだ。

俺は大丈夫と言っても聞き入れてもらえず、「それなら履かせてくれる?」って、看護婦W田T子にお願いしたが、自分でやれとの冷たい返事。やむなく、生まれて初めてふんどしを締める事に。
いざやってみると簡単な構造ながら、どうも要領を得ない。すると見かねた向かいのO崎さんが、やり方を教えてくれた。人生長いとちがうね。

てな事で、ようやくふんどし締めて、手術着に着替えると、今度は点滴マシン? を持って、またまた看護婦W田T子がやってきた。何のためにやるのかを尋ねたら、俺の冗談に慣れたらしく、「これで手術の気分が盛り上がるでしょ?」と言い放たれた。正にその通り、何かERでも見ているような感じになってきたぞ。

かくして手術室にいざ行かん! 手術室には、なぜか眼しか悪くないのに、車椅子に乗せられ、行くことに。質問をすると、「ベットに横たわって行くほどの事ではないでしょ」ともっともな返事。歩いてもいけるのになと思ったが、また質問して返されるといやなので、その先を推理してみると、手術後に一人で歩いてトボトボ帰るのはちょっと盛り上がりに欠けるなという結論に達し、自分で納得。

あれこれ考えているうちに、ぐいぐい押され手術室へ、慣れないふんどしは、スースーして落ち着かないよ~。
手術室はテレビで見るような、あの丸い電気がいっぱいついたシャンデリア? う~ん、とにかく患部を照らすやつもあり、だんだんドキドキしてきた。

手術台には自力であがり(想像では二人がかりで乗せ換えるイメージをしていたが)定位置につく。(その際お膝元にはくれぐれもご注意を!前がはだけ、ふんどしの間から息子が顔を出しそうになり、危うく看護婦にあいさつするとこだったよ。)
心の準備をする間もなく、担当のK方先生は挨拶もそこそこに、すぐに左眼の下に局部麻酔の注射を打ち、いざ手術開始! 

いきなり針のようなものが、左眼に迫ってきたと思うまもなく、ブスリ! なっ何と全部見えるではないか。麻酔がかかると見えなくなると思っていたんだが、恐いよ~!

手術は、硝子体手術(普通に変換すると焼死体になるから注意!)といって、眼球の中の硝子体を取り除き、レーザーで剥がれている部分を焼き付けた後、代わりにガスを注入して圧力をかけて治す。という手術です。早い話、眼球に直接、針や器具を差し込み、グリグリやるという手術です。今考えても恐ろしい手術だな。大丈夫かな?

そういえば12月7日に初めてT北大学医学部附属病院に来たとき、あれこれたらい回しにされた挙句、最終的に専門だからという事で、K方先生に診察されたっけ。ずいぶん若い先生だなと思ってたんだけど、35歳だって! それで先生と呼ばれてるんだ、スゲーな! うちの会社にいる同い年は、まだまだ小僧なんだけどね。

でもって、先生曰く、手術が必要だが、強膜バックリング法と硝子体手術があり、どちらかを選択するように言われた。えーっ俺に判断しろってか? 

あらかじめインターネットで調べてあったので、言ってる事はなんとなく理解できたが、そんな重要な事を世界平和の事しか頭にない、ただの素人が判断出来るわけないよ。と思いつつも、眼にシリコンなど異物を付け、付け剥ぎのような治し方は、何となくいやだったので、硝子体手術がいいと言ってしまいました。こんな時に素早い判断力は必要ないと思うのだが、俺って変な奴。

すると先生曰く、私はどちらもたくさん手掛けて成功しており、網膜系では権威なのだと言うような事を言い、うまくやれるとの事。う~ん心強い返事でもあり、私は名医だと自分で言っているようでもあり、ちっと鼻につきましたが、自信がないと言われるより、よっぽどマシかな? 

先生も、年輪を重ねると、言わずとも、含蓄のあるお言葉になるでしょう。まっ若いんだし、気分を害されても困るので、ニコニコお願いしちゃいました。何で俺が気を使うんだ?

話を手術室へ、手術の一部始終が実況中継され、見えてる状態も、いいんだか、わるいんだか? 時々先生が「あっ!」とか「う~ん!」とか言うのが聞こえるし、「それ逆だろう!」とか、もっと若い先生が怒られてるのも聞こえるし、俺的には「たのむよ~大丈夫?」と複雑な思いでしたが、おとなしく聞いてました。全身麻酔で知らないうちに終わっている方が良かったかな?

結局、約一時間半で手術は無事終わり(と先生は言っていた)病室に戻されることになりましたが、迎えの看護婦W田T子が来るまで、さっき怒られてた26歳のY田先生と話すことが出来、「逆ってなんの話」と聞いたところ、何だかよくわかりませんでしたが、「たいしたことないです。」と心強いお言葉。でもこの先生、俺が東京で可愛がってた子分によく似てて、憎めない感じ!しょうがないな、許してあげる。俺って意外とやさしいでしょ。

病室に戻り、術後の説明を受ける。これからが大変なのだ! 寝るときは基本的にうつ伏せ寝を強要されるんだと! 絶壁頭もついでに治してくれるのかと思いきや、眼球内のガスの圧力で網膜を癒着させるためには、うつ伏せになって眼球の奥の方に圧がかかるようにしなきゃいけないんだそうだ。

これから二週間ほど毎日寝るときはもとより、起きているときも「誠に申し訳ございません。」状態を一日中やってなきゃなんないよ。悪い事してないのに、仕事から離れられて清々してたのに~い!

関係ないけど、薬の説明と書類を持ってきた男の子。たぶん薬剤師だと思うけど、説明を聞きながらも、誰かに似てるよなぁ~。そうだ!ちびまる子ちゃんの丸尾君だ!ゴメンね

夕食の後、早速寝る練習に入る。うつ伏せになり、胸元にマットを入れ、頭を出し、頭の先を枕で支え、息が出来るようにした。初めのうちはいいのだが、俺は人一倍頭が重く(堅くではない)、ただでさえ首が疲れるのに、これは非常に苦痛! いかがしたもんだろう? とはいうものの、今日は緊張して疲れていたのか、微妙に位置調整を繰り返しながらも、直ぐに睡魔が襲ってきた。お休みなさい。
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by henacyokooyaji | 2010-01-22 22:38 | 愉快な入院日記
いよいよ入院

12月7日(木)

ちょっと二日酔いぎみながら、取り敢えず会社に出社。みんなにお別れし、これからタバコが吸えなくなるので、思いっきり吸いまくって、徒歩で病院へ。

入院手術というのに、なぜかワクワク! 今の会社に勤めて25年。慶弔事以外でまとまって休めるのはこれが初めて! 日頃の重圧から解放されるうれしさの方が不安を上回っているのだ。「今日から休めるぞ!」浮き浮きしながら、9時過ぎに病院に到着。

a0153486_0543684.jpg病院に着くと、入院事務室に行き、マニュアル通りの説明を受け(こんな説明じゃ、爺、婆はわからないだろうと言ってやったら、付き添いの方が分かればいいんですよ。とのこと。全く公務員的!)眼科病棟へ、そこで看護婦? 今は看護師と言うんだって。あき竹城や泉ピン子をイメージしていたが、これは期待を裏切り? みな若く、かわいく、入院にますますやる気が湧いてきた。(変な奴です。)
 
俺様の担当はW田T子ちゃんといいます。年の頃は20代後半かな? かわいい顔して、しっかり者って感じ。いいぞ、いいぞ~よろしくね!
 
院内の設備やルールの説明を受け(あまり聞いてなかったけど)、手首に鑑札を付けられた。何か変な感じだけど、患者を間違えられたら困るもんな。遊園地のフリーパスと思えばいいっか!
その後、取りあえず病室へ通された。

病室は、新西病棟1203号室。4人部屋だ。ここもまた思ったより全然きれいだ。隣の人との間には作りつけのタンスがパーテーションの役割をしており、カーテンと合わせ、それなりにプライバシーも保たれているようだし、ベッドも電動で角度が変えられ、備え付けのワゴンにはカード式のテレビが乗っかり、引出しの中には小さなカード式の金庫までついてるよ。さらに一人部屋だとインターネットまで使えるんだって。へたなホテルよりいいかもね?何か楽ちんできそう。

しかし、眼科の病棟は年配の患者が多いとは聞いていたが、本当だった。同室の方は80歳で耳が遠い白内障のW辺さん、72歳の網膜剥離のK藤さん、63歳の網膜剥離のO崎さんと私。俺って子供みたい。これからどんなことになるのか楽しみだ。

その後、身長、体重等簡単な検査があり(眼科に関係ないと思うけど..)そうこうしているうちに、昼飯の時間となった。もう今日から飯が出るのだ!
 
どれどれ、本日のお昼はカレーでした。スプーンを持ってきて良かった。味も期待していたほど? まずくなく、容器がプラスティックなのでチープな感じは否めないが、これなら暮らせる? と思った。

午後からは、なにもすることがなく、これから暮らす事となる新居の周りを探検に出発!
眼科病棟は新西病棟の12階にあるので、仙台を一望出来き、景色もいいね。 ただどこの病院も同じなんだろうけど、継ぎ接ぎで新しいものを建ててきているので、中は迷路のようだ。以前探検に出た爺さんが、遭難し、発見されたときは、なぜか他の階の女風呂に入っていたそうじゃ・・・

夕方、奥方が東京から駆けつけてきた。当の本人は、病気のことよりも、会社が休める事の方がうれしいので、たいして気にしてないのだが、奥方にしてみれば、病気にはより過敏なのであろうか、最近お父さんが亡くなったり、お母さんが呆けたりで、ほっとけないのだろう。ありがたいね。

持ってきてくれたカーディガンやお菓子などあれこれ店を広げていると、またまた飯の時間となった。晩飯は赤魚の煮付けでした。これからは飯が毎日のイベントの中心になるんだろうな。その証拠に壁には一週間の献立表が貼ってある。

ちなみに明日は銀鮭の照り焼き、明後日は白身魚の野菜あんかけ・・・う~んどうもお年寄りが多いせいか、和食のしかもやわらかい食事が中心みたいだな。健康になっちゃいそうだぜ!

愛妻はきれいな病室と仙台が一望できる景観に感心しつつ、夏の広瀬川の花火の季節だったら良かったのにね。と安心したのか観光気分になり、ご満悦!小物など必要なものを見繕い、今夜は俺様の高級一部屋マンションに泊まるということで帰って行った。

早々と晩飯もおわって、さてどうしたものか?する事ないし、テレビでも見ようとカードを買って、スイッチオン! 1000円のカードで30時間。しっかりしてるね。

でもまだ6時半頃だよ。平日のこんな時間にテレビを見る事なんて、小学生以来かな? 普段馴染みのない番組を見ながらも、あの頃はマンガをよく見てた時間だな。と、思いながらしばらく見ていると、あちこちでカーテンをシャーと引く音がする。もう消灯時間かなと、時計を見るとまだ8時だよ。爺様は寝るのが早いね。病室の電気も消されちゃった。しかたなく、俺様もカーテンを引き、個室モードにしてまたテレビを見始める。

途中11時半頃かな? ニュースジャパンの滝川クリステルを見ていると、担当の看護婦W田T子ではなくS藤H美ちゃんというかわいらしいお姉ちゃんに懐中電灯で照らされ、早く寝ろと怒られた。しょうがないね、今一つ眠くないけど、布団にもぐり込みご就寝。
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by henacyokooyaji | 2010-01-17 00:55 | 愉快な入院日記
12月5日(火)

「あさってから入院になっちゃいました。」と、朝礼でニコニコうれしそうに話し、朝から、上司への連絡や先月の月報書きで、バタバタとワクワクと時間が過ぎて、もうお帰りの時間。一番年輩の部下と呑みに行く。

 彼は、勤続24年のベテランだが、出世に興味がないのか、才能がないのか、営業として職人を極める方向にあるようで、我が道を行くいわゆるアウトローと言えばかっこいいけど、単なる田舎のおっさんです。
 
 彼の名はS恒明。秋田の白神山地の元またぎの息子らしい?小さい頃は山の中を縦横無尽に走り回り、野宿をしながら、イワナを食い、熊と戯れる、まさにアウトドアライフを満喫した生活を行っていた野生児だ。おかげで、長距離の移動をもろともせず、次々に狙った獲物を確実にゲットする執着力を持ち合わせ、うちの営業所内では田舎のXメン?(う~ん、そんなかっこよくないぞ!)として崇め奉られています。(うそです!)

 しかしながら、事務は全く出来ず、うちの元おねえちゃん連中からしょっちゅう罵声を浴びせられながらも、めげずに、とぼとぼ出かけていく姿が憎めない味を醸し出してるうちの一番いい加減なトップセールスマンです。

 彼は、笑福亭鶴瓶のように、なぜかエピソードが多く、仕事中に営業車でカモシカを跳ねただの、吹雪の中、身動きが取れずトンネルの中で一夜を過ごしただの、泊まるとこがなくてラブホテルに入り、一人木馬で遊び、回転ベッドで寝た。など、酒の席でのネタには事欠かない楽しい存在だ。

 そんな彼にして見れば、網膜剥離なんぞ、すかしっ屁ぐらいの事でしかなく、ここでもまた同情を得られず、しまいにゃ、「いいじゃないですかぁ~眼は二つあるんだから一つぐらい見えなくとも、どおって事ないじゃん」と言う始末、まったく人事だよな!


12月6日(水)

 明日からの入院に備え、仕事の引継ぎと、入院グッズの準備をしなきゃ!

 今日は、私めの為に、就任早々、仙台へ常駐しなくてはならなくなったN松部長がこちらにやってくる。彼は、私の後輩でありながら、持ち前の熱血漢で、グイグイ頭角を現し、俺様をとっくの昔に抜き去り、今や東日本のエリアマネージャーとして君臨するお偉い様なのだ。みみっちい俺様とはえらい違いだね。

 車で仙台駅に迎えに行き、そのまま入院グッズとして、洗面用具や箸、箸箱湯飲み等あれこれ買いに、ダイソーへ、雑誌を買いに本屋へ、お菓子を買いにスーパーへ、遠足の前日のような感覚。ルンルン気分! 時間が無いので、付き合わせちゃった。

 仕事の引継ぎもそこそこに、その日の夜は、最後の晩餐ということで、二人でしこたま飲んじゃいました。
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by henacyokooyaji | 2010-01-11 22:06 | 愉快な入院日記
12月4日(月)

月曜の朝は目覚めが悪いね。ぐずぐずしながらも支度をし、営業所へ出社。みんなに事情を話し、早速T北大学医学部附属病院に診察してもらいに出かける。
受付で用紙に記入し、順番を待つ。名前を呼ばれ、窓口に行くと、紹介状を出せとの事。

そうなんです。大学病院では急患を除き、へなちょこな一見さんはお断りなのだ! なんか偉くなった気分で、すかさず差し出した。

手続も終わり、いざ眼科外来へ、さんざん待たされた後、視力検査等、通り一遍の検査を終え、診察室へ、なんと若い女医でした。いつもの習性で左手をチェックすると、指輪してた。残念! 

あまり会話も弾むことなく診察は淡々と進み、しばし待たされた後、なぜかまた次の先生へ、今度は背が高く、公家様のような顔立ちの先生が、子分らしき先生と一緒にじろじろ俺様の目をのぞき込む。なんかスゲ~疲れてきたよ。

またまた待たされた後、更にもう一人の先生へ。もうこれで終わりなんだろうな。と思いつつ、のちに主治医となるK方先生の診察。やはり網膜剥離だと! (はじめから、そう言ってるじゃん。)

結局三人の先生にたらい回しにされ、挙げ句の果てに、もうおしまいと言うことで昼飯食ってから、精算の順番を待ってたら、係りの女性がやってきて、さっき眼の写真を取り忘れたから、もう一度眼科へ戻ってくださいだって。

てっきり、戻ったら直ぐに撮ってもらえるものと思っていたら、なんと一番最後に回され、更に待つ事1時間半。誰のミスなんだよ~! 詫びの言葉一つなく、淡々と撮影が終わり、結局、朝8時30分に入って、終わったのは夕方4時。こんなのありかよ! いい加減、眼圧上がるぜ!

本人に自覚があまりないのに、着々と事態は進行し、7日入院、8日に手術する事が決まった。
病院の対応にブツブツ言いながらも、帰り道、何を用意すればいいのかなとか、手術って痛いのかなぁ~とか、いろいろ考えながら、入院そして手術が確定した状況に、旅行に行くわけではないのに、なぜかワクワクしてる自分がとっても変でした。
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by henacyokooyaji | 2010-01-09 17:58 | 愉快な入院日記